ライナーノーツ2022

まひろです。

1年の振り返りを書こうとして、今年はこれがいいかなと思ったので2年連続の #三十一文字のよしなしごと のライナーノーツを。

昨年までは作りながらその都度投稿していましたが、今年は年明けから折に触れて詠んでいたものからおよそ半分選出し、その他は今月に入って作ったものとなっています。

その為、MeseMoa.さんの卒業発表にまつわるものもありますし、撮影会等接触イベントでのやりとりからできたものもあります。

そういったものを目にしたくないかたがいらした場合は、この先には進まぬが吉、です。

 

 

 

 

今年年始に書いたもの。

帰省から戻ってきて久しぶりに上がった自撮りや呟きを見て。

なんとなく毎年「親御さんも息子さんが元気に帰って来て嬉しかろうて」と思ってしまうのは、どうしたって自分が彼らより彼らの親御さん達の方に近い年齢だからだと思う。

 

昨年「殺生石セッション」が発売された後の接触

🐷MVは、これはとみたけさんじゃないんだなと
🐰???
🐷これは玉藻前で、だからヒトじゃないし性別とか超えてる存在なんだ、と思って見てる

🐰役柄を、演じるからやっぱり。歌はね、とみたけがとみたけを歌うから
🐷うん。だから勿論映像作品としてすごいって思ってるし、ライブだと「あぁとみたけさんだ」と思う

というやりとりからできたもの。

物理的な横顔もだけど、慣用句的横顔(プロフィール)をほんの少しだけ垣間見た気がした。

ちなみに殺生石は発売から1年の変化のあまり、先日開催されたツアー(シングルコレクション)の後、局地的に「玉藻前でもとみたけさんでもない人がいる!」「殺生石のとみちゃすは、あれは誰だ……!」と話題沸騰した。

 

これは3月につくったもの。

当たり前だけど自分の生きている生活と世界情勢は地続きなのだと改めて思わされたのは、RTで流れてくる海外のイルミィさんの様子を眼にしたから。

今すぐ直接的な何かが出来るわけではなくても、選挙には行こう。必ず。絶対に。

 

折に触れて繰り返し「なんでアイドルにはまったんだろう」と考えて、まったく答えが見つからないままきたけれど、結局のところMeseMoa.だからはまって、今に至るまでライブやイベントに足を運んでいる。

それがファイナルアンサーなのだと腑に落ちたのは、今年の夏のDDPを見られたことがとても大きい。

アイドルにはまったんじゃなかったんだなぁ。

 

肌弱々の民なのと職業柄化粧直しとかなんですか美味しいもの?な環境にいるので、冠婚葬祭とイベントごとの時にしか化粧しない(故に一向に上達しない)のですが、このマスク必須の世の中でも化粧することが習慣として残ったなぁというのと、そういう自分がわりと嫌いじゃないなと思えた今年。

 

これは確か豊洲を歩いてるときに作った句です。

天気が良いに越したことないのだけど、あまりにも節目節目に水神(或いは風神雷神)にあたる気がして、いっそ雲が広がる位の方が安心する。

 

わりとずっとこのままだなぁ。(自分のスタンスが)

見届ける、という言葉が語弊を招きやすいとは思うけど、作品にしても体制と呼ばれるものにしても、ひとまず詮索せず追求せず邪推せず、まず見てみて読んでみて聞いてみて、自分がどう感じたのか(思うのか、でなく)を確かめてからその他を考えようとしてるし、出来たらいいなと思っている。

 

開演前の、1ベルが鳴るくらいの頃にいつもとても眠くなる謎の体質。

あのザワザワが気持ちよくてなんなら2ベルまでの束の間ウトウトしたりする。

ちょっと前は静まり返ってたよなぁ。

 

わりと仲間内のLINEとかでは

「やれば!できる子!!YDK!!!」

とか口にするけれど、それはなんかいわゆる這えば立て立てば歩け、的なやつではなく。

自分が見たいから出来るようになって欲しい、でもなくて(全くない、とも言えないけど)、どんなことでも彼らが「やりたい見せたいやってみたい」ことであるならば、

「それは出来るでしょうよ知ってたーー!!!!」
っていう、本当に根拠のない確信なんだろうなと常々思っている。

裏づけの全くない、

🐷だから(大丈夫って)言ったじゃーん(言ってはない)

🐰🐊だいじょばないから!!!!!!!!

みたいな。

 

お察しのとおり、この辺から6月下旬に詠んだものを連投しています。

卒業の発表があって、中1日で対面の撮影会があって。

いつかはと覚悟していたようで、実際聞いたら「覚悟?とは?」となるくらいには呆然としたし、もともとショートスリーパーの気があるのにあんなに眠りの浅い夜は今だかつてなかった。

 

この3~4年こそ文字で書き起こすようになりましたが、本来アイドルとの会話など夢幻のようなもの、という認識でいた為に、初期の緊張でガチガチだった頃のは記録は全くなく思い出せず。

どれだけ内容がなくても、残してさえあれば記憶を呼び戻すトリガーになるのにと思うものの、己の海馬のポンコツぶりたるや。

 

これは8月。当時上げてるブログに書いてあることが全てなのでここでは割愛。

 

梅雨明け以降カラメテを聞くのがしんどくなり、それに伴って通勤の車中でMeseMoa.の他の曲も聞くという選択をしないことが増え、代わりにサブスクで「JAPAN HOT 100」みたいなヒットチャートを聞くともなくただ流す日が多くなった。

普段ほぼTVを見ない、ニュースはラジオとネットからという生活をしていると、世の中で流行っているものとは縁遠くなる。

それでも端々に自分が聞いたことがある曲があるのはなぜだろうと考えてみたら、例えばとみたけさんがカラスタで歌っていたり、フォーゲルさんがTikTokで踊っていたり配信のBGMにしていたり。

遠ざけようとしたところでどうにもしようがないと嘆息してた頃。

 

ライブや接触イベントが非日常の最たるものであるとして、推し事と呼ばれるようなものはあまりにも日常に染み込みすぎていて、彼らがオタクのことを忘れてもこっちは忘れないし、仮に忘れられるとしても全てを完全に忘れることはない気がする。

(思い出さなくはなるとしても)

(推しがオタクのことを覚えているというのが前提条件になる句もどうかと思うがあの人達結構いやだいぶ?かなり??覚えているみたいなので)

 

6月の発表の直後、数年ぶりにあった他界隈のフォロワーさん(め。沼にもいたことある)に会ってお話した日に、その場にいた全員で「寂しい」と「(自覚していた以上に)近くにいたね」を繰り返して改めて思った。

 

(この辺りからさすがに時系列で上げてくといつまでも梅雨が終わらないシンドイとなったので以降順不同になりました)

MeseMoa.さん達が開催してくれる「お出迎え」「お見送り」で起きがちなんですが、とみたけさんがブースのパーティションより大きくて(二番煎じさんは言わずもがな)、パーティションのパイプと間仕切りの塩ビシートのちょっとした隙間にちょうど眼の高さがくることがちょいちょいあって、この隙間からオタクを探しては「パァッッッ」ってほんっとにわんこのように表情変わるのが可愛かったし、オタクなんて勘違いしてなんぼだからなんか眼があったような気がして笑ってくれたような気がしたのを1日かけてじんわり幸せだなってなったりした。

 

イムリミットが設定されてしまったので、自意識過剰で二の足踏んでる場合ではないぞと。

思ってること伝えたいことは伝えて、出されたものは遠慮せず楽しくおいしくいただきましょうと。

そういうただのスローガン。

 

完全なる在宅ですが昔からフィギュアスケートを見るのが好きで、ジュニアの時にやってたプログラムをシニアに上がって同じのやると余白が増えてスカスカになるって話を何度か実況で聞いたことがあり、そういうところMeseMoa.も同じで、ライブを重ねる毎に進化していくし曲が育っていくのを目の当たりにできる、と思ってた。

今年、シングルコレクションという形で初期からの曲を改めて一気に見せられたら、進化も余白(余裕とも言える)もだけど密度がすごいことになってた。要素詰め込みーのレベル上げすぎーの加点取りまくりーの出来映え点満点、なのにザヤったりしてない。プルシェンコかあんたたちは。

 

Twitterに書いたことそのままですが、この先の1年間でなんとか一度白服さんとお話出来る機会がなんとか欲しいなと思っています。

それはなんでかと言うと、もはやアーカイブも公開されてないキャスで、

「30代40代のファンの人、周りが若い子ばっかりだからすごく気にするんですよね、でも僕達は嬉しいです」

って言ってくれて、それが当時(沼落ちして4ヶ月くらいのタイミングだった)どれだけ嬉しかったか、そんでこれに背中押された結果自分はすごく楽しかったし幸せなオタクしてるって、お礼を言いたい。

 

もうね、オタクの自分勝手なのも自己中なのもそりゃそうなんだけど、でもいいじゃんせめて負け惜しみでもなんでも「ご多幸をお祈りしています」位のことは言わせてよそれくらいの見栄張らせてくれたって良くない????

 

武道館公演完売の報を聞いて、そういえば今年の生誕祭でフォーゲルさんが

「自分がみたい景色にいてください(意訳)」

って言ってたなぁ……って思い出して。

どれだけ遠くて見えなかろうが確かにそこにある心意気。

 

即時性とか手軽さとか身近さとか、そういう意味でとても優れたツールだと思うんだけど、なんかおっかなくってDMってめったに書いたことがなく。

投函(ポチッと)してしまったら取り戻せないのはどちらも同じなのにそれでもお手紙の方が好きなのは、やはり世代ということでしょうか。

 

毎年恒例たじふぁんの日。

FlowerWindが出来てハッピーエンドなのは知ってるけれど、それだからこそ愛すべき物語。

 

気づけばライブハウス、文化会館大ホール、中野サンプラザ、パシフィコ、幕張メッセと色んな大きさの会場で見てきたけど、どこも楽しかったしすごかったし幸せだった。

武道館に立つ彼らを見たことはまだないけど、でも絶対に大丈夫(念)

 

先のことを考えたくないからというとみもふたもないけれど、でも1日ずつ楽しみ尽くした方が、なんていうか幸せだし後々楽な気がするから、掛けられる念は積極的にかけていこうと思って(自分に)。

 

23日の配信を見ていて一種のファンタジーというか、

「そしてみんなしあわせににくらしましたとさ」

「おしまい」

がこの人達なら成立するんじゃないかな3月が来て卒業が来てもその先も、って。ひったすら笑い転げて泣きながら思った。

 

秋口に手帳を買って、フォーゲルさんに厄払い(撮影会に持ち込んで今年と来年の手帳の引き継ぎの立ち会い)してもらうのがここ数年恒例で。

新しい手帳を使い始めるのが楽しみで、いつも12月の半ばから取り替えてたのに、今年はそもそも来年の手帳をできることなら買いたくなかった。

この日にやっと今年のピクチケを全部整理して、1月の勤務もオン特の予定も書き入れて、オタクポーチにセットして。やってることは毎年同じなのに今年の手帳をなかなかしまえなくて。しまいたくないなってしばらく撫でてた。

 

直近なのであまりにもあまりにも、なんだけど。

個人的にDMをあまり送れないってところと通じるものがあって、自分が完全に出来てるとはとてもじゃない思えないから、せめてこの心構えだけは本当に忘れないようにしたい。なんていうかもう人間関係(人間関係)の一番最初の前提として。

 

誰を推してるのかを自分から口にするのになぜかずっと抵抗があって、例えば誰かと初めましてのお話をしてる時に尋ねられた時はなんとなく疑問符つきで答えてしまっていたのですが、これやってるとこの先出てきたものをつかみ損ねるしもうそんなことに躊躇してる場合か?(どんな場合なのか多分誰にもわからないけどそれでいい)となったので、ひとまずそれぞれの推しさん達に名乗るところから始めたのですが、

🐰(眼ぇ真ん丸にして)………知ってるよ???

🐊…………(この人今なんて言った???の顔)

という反応だったので、笑われるどころではありませんでした。

 

🐷毎度「すごい」「すごいね」「すごかった」しか言えないからもうそのbotになろうかと

🐰でもねぇ、言うことが特にないのに接触に来て(なんとなく)そう言ってるとわかるの。そうじゃないじゃん?

というやりとりが今年の夏にあって。

汲み取らせてしまってゴメンねの気持ちと伝わってた良かった!の気持ちがごちゃ混ぜになった。

それでなくても語彙力ない上に緊張しいなので、推しを目の前にして言葉にならず、

🐰どうだった?どうだった??
🐷👏👏👏👏👏👏

という反応が日常なのはちょっとは反省して改善しような?と思いました。

 

 

振り返りといいながら大して振り返ってないな???

でも今年は、自分がどう感じたか考えたか思ったかを今までより出せたような気がするので、それはそれでよかったように思います。

来年、できるかどうかはわからない。

とにかく次の1年はあんまり先のこと見過ぎずに、目の前の事を大事に見ようと思っているので。

ひとまず、今年はこれにて。

みなさま、よいお年を!